2005年04月15日

保存と消滅

4月14日

尚子に、なぜ人形劇を研究しているのか?の問いをぶつけておいて、
僕自身が、なぜ演劇をしているのか?に答えられないことに気づいた。
彼女の答えは明瞭で、
「自分がなぜ人形劇に魅かれるのかわからないからこそ、
その理由を知りたくて研究しているのだ」ということだった。

では、僕は、なぜ演劇をしているのか?
ふと、今やっているDVDの仕事が頭を占領する。
DVD=記録と保存。
どうして人間というものは、何かを記録し、保存し、所有したいと思うのか?
個人的なDVDはさておき、映画のセルDVDがあれだけ売れるのは、
DVDは保存欲をかきたてる何かがあるのだ。

僕は、写真というものが好きだ。
写真は、永遠を微分すること。一瞬という形にして保存することだ。
僕の中には、つかみどころのない時間というものを、
"決定的瞬間"として保存しておきたいという、
抑えがたい欲望がある。でも、同時に、

消え去るものに身を委ねたいという欲望もある。
後には残らず消えゆくものに身を任せ、
そのまま消滅したいという欲望。
それは、花見だったり、花火だったり、そして芝居だったりするのだけど。
保存と消滅。その二つの対概念の振れ幅の中で、
僕は生きていたいと思うのだ。
posted by 鈴木厚人 at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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