2005年03月24日

チェルフィッチュの"三月の5日間"について

チェルフィッチュの「ポスト*労苦の終わり」を観に行く。
一人で行くのも寂しいので、別に寂しくてもいいんだけど、
先日、観た「或るタイピストの悲劇」の演出の人に、
パンフレットに書いてあったアドレスを通して連絡して、
誘ったら、快くYESの返事が来た。
この人は、知らない人とお芝居に行っちゃダメですよ、
と親御さんから教わらなかった、ありがたい人種のようである。

さて、「ポスト*労苦の終わり」のレビューを書く前に、
DVDで見た「三月の5日間」について、
自分の中で整理しておきたい。
なぜなら、僕はこのDVDを見ながら涙を流しそうになってしまったから。

「三月の5日間」はイラク戦争を扱ったお芝居で、
アメリカがイラクに宣戦布告するかしないかの緊迫していた、
三月の5日間、東京の渋谷で起きていたであろう、
何組かの普通の若者達のエピソードを、うまーく組み合わせた、
構造をしていて、そして、チェルフィッチュ特有の、
ダラダラしたべしゃりと身体の動きで魅せるという感じだった。

何組かの普通の若者達のエピソードというのは、
反戦のデモに参加したり、クラブに行ったり、ライブに行ったり、
そういう何組かのエピソード。
とりわけ印象的だったのが、ラブホテルでセックスをしまくる、
ゆきずりのカップルのエピソード。これが胸にキタ。
四泊五日やりまくり。コンドームをたしか3ダースちかく使って、
しかも、最初は使わずに生でやっていて、
でも、二人が会うのは、その五日間だけで、
連絡先も交換せず、本当にゆきずりのセックスフレンドという感じ。

やりまくりの五日間が終わって、ラブホから出たら、
戦争終わってるかもね、なんて話しながら、ひらすらセックスしてる、
そんなカップル。ダラダラした感じも含めて、とても・・・。

http://inzou.seesaa.net/article/2556229.html
で書いたこととも関連しているのだけれど、
かの地での戦争に対して、日本人である我々が誠実であるためには、
何をしたらいいのだろうと考えた時に、
何もできないということに愕然とするしかない。
だって、イラクに行けないし、行く勇気ないし、
だって、自衛隊だって実際は宿営地に閉じこもってるだけだったらしいし、
かといって、反戦デモだって偽善ぽいし、
日々の生活はあるし、実際、イラク関係ないじゃんって言えちゃうし、
でも、何もできないという、不自由さだけは実感しちゃうその行き場のなさ。

じゃあ、とりあえず、やりまくるか。
意味ないけど、とりあえずセックスしとくか、
それしかすることがなくて、だからするセックス。
それが僕らのリアリティー、そこにとても・・・。
多分、そういうカンジって、
イラク戦争が起きなかったとしても、常に自分の中にあって、
でも、イラク戦争が起きたから、表面に出てくるんだろうなあ。
なんだか、とても自分の生活に、人生にシンクロしたお芝居だった。

実は、ワールドカップの日本対トルコ戦の時に、
渋谷のラブホテルにいたことがあって、
最初は、サッカー見るためにテレビのあるとこってコトで、
緊急避難的にラブホに行ったのに、
行ったらやっぱりセックスしたくなって、
でもし終わったら、サッカーもセックスも妙に空しくて、
渋谷の街のワールドカップの熱狂がとても嘘臭くて、
隣に好きな女の子が寝ているのに、すごく孤独で、
なんで俺ここにいるんだろうって、虚無に襲われたことがあって、
その気持ちを再体験したかのようだった。

http://inzou.seesaa.net/article/973190.html
で、チェルフィッチュについて、
今、我々がここにいるということが、
過去に流れた膨大なる時間の積み重ねであるということを、
実感できない、って書いたんだけど、
少なくとも、この作品では、それを実感させられてしまった。
だから、以前観た「労苦の終わり」の印象が変わっていった。
それについては、「ポスト*労苦の終わり」のレビューで書きます。
posted by 鈴木厚人 at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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