2005年03月23日

手軽なロボトミー -9・11テロに対しての誠実さ-

先日、見城芽吹さんという方からご招待いただき、
上智大学の演劇研究会の卒業公演を観に行った。
「手軽なロボトミー」というタイトルである。

ロボトミーとは、脳の前頭葉白質の一部を破壊して、
神経径路を切断手術のことで、
思考停止のメタファーなのだと思う。

9・11のテロの後、
普通の大学生が、どう変わったのか、
もしくは、変わらなかったのか、ということを描いた、
反戦をテーマにした、メッセージ性の強い芝居だった。
ありきたりっちゃありきたりなんだけど、
反戦をストレートに言いにくい空気がある中で、
自分自身と誠実に向き合っている匂いがして、
とても好感をもった。

ただ、そのストレートさ、素朴さに対して、
疑念も持ってしまう。
僕らの経済的豊かさがテロを引き起こしたという、
構造問題を抱えているから。
クーラーのがんがん効いた部屋で、
地球温暖化についての本を読む滑稽さについては、
宮台真司がよく言っている。
日本で、先進国的生活を営みながら、
反戦を唱えるということは、果たして、
戦争が起きている国の人々に対して誠実なのか?

そもそも、今ここで、演劇ができているということ自体が、
先進国的なのである。悲しいことに。
じゃあ、どうしたらいいんだよって言うかもしれないけど、
知らねえよ、自分で考えろよってことなのさ。

9・11テロやイラク戦争について、もしくは、
先進国とその他の国の構造問題について、
何の想像力も持たないように見える人間にも2種類いて、
全く鈍感に思考停止して生きていられる人間と、
自分の何もできなさに絶望しながらあえて思考停止を選ぶ、
もしくは、思考停止しているように振る舞う人間がいる。
同じに見える人間の一回転しているズレ、
そういう描き方は、あったかもしれない。

また、演出や芝居自体がお客を楽しませるものではなかった。
これは、自分自身に対しても言えるのだけど、
お芝居はお説教になってはいけないよね、
趣味にもよるけど、やはり楽しんでもらって、
何か一つ持ってかえってもらう、そういう芝居が観たいし、
作りたいなあ。
posted by 鈴木厚人 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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