2005年03月17日

ときめきをとめないで -ペピン結構設計の「伝説」-

昨年の11月のショーケース(@STスポット)の時に、
ペピン結構設計の石神夏希さんと話す機会があり、
とても面白かった。その時は、アンケートで、
あまり聞かないことを質問したいよね、という話題で、
石神さんは、(ショーケースの)観劇の前と後で何をしたかを、
聞きたいと言っていて、
ああ、生活がありきで芝居がある人なのだなあ、と思ったものだった。

その時に盛り上がった、もう一つの話題に、
性同一性障害の話があった。
性同一性障害を、おかまとかホモとかレズとか、
我々は一緒くたに考えちゃうけど、
トランスセクシャル、トランスジェンダー、トランスヴェスタイトなど、
実はいろいろあって、悩みもそれぞれなんだよね、という話をしたのだった。

今回の「伝説」では、その話題を踏まえれば、
インターセックス、つまり両性具有のおばあちゃんの話である。
そう言うと、ちょっと生々しい感じがするが、
それを生々しいと思ってしまうこと自体、まあ、ある種の偏見である。
そして、石神夏希が描く両性具有は、全く生々しくない。
優しさと機知があり、それは大変素晴らしい、彼女の資質だと思う。

思うに、彼女は興味の本質(もしくは題材への視線)を、
そういう性同一性障害は自分とは違うという観点に置くのではなく、
線が引かれているものの、本来的な曖昧さに置いているからだと思う。
つまり、男女の性というのは、世間的には分かれているとされているけど、
(性別なんて単語があるくらいだからね)
でも、自然は、ペニスとヴァギナを両方もった人間を生み出している、
そういう曖昧さに対して、すごく鋭敏なのではないかと思う。

「伝説」は、行方不明になったおばあちゃんの家に、
孫達が、おばあちゃんを探しに集まって、
そこにおばあちゃんの娘という、孫達より歳の若い女が現れ、
どうやらその若い女にとって、
おばあちゃんはお父さんだったということがわかり、
なぜかっていうと、おばあちゃんにはペニスがあったからで、
そこに、介護ヘルパーの男がおばあちゃんの様子を観に来て、、、
というお話である。

普通、こんな変な筋書きだと、わかりにくくなったり、
下品になったりするんだけど、そういうのは全くなくて、
非常に面白く話が展開していく。
三谷幸喜的なワンシチュエーションのドタバタ喜劇という印象。
しかも、そこにはオリジナリティがあるわけさ。
介護ヘルパーが出てくるところなんか、非常に今日的だけど、
そこに気取ったものは全くなくて、普段着な感覚。
一行レビューで、石神夏希は枯渇してる、なんて書かれていたけど、
私は、全く、そうは思わない。
むしろ難しい設定に、あえて挑戦し、かつ面白い。
その才能には同年代として、嫉妬を感じさえする。

ただ、私の個人的な感想としては、
後半、同じシーンを何度も繰り返すという演出があるところから、
とても観てられなくなってしまった。
前半がとても好きだったからこそ、余計に。
シーンを繰り返すという演出は、映像ではやり尽くされていて、
それこそ、ミシェル・ゴンドリーとか参考にするといいと思うけど、
ちょっと繰り返してみました、って感じさせるレベルでしかなかったな。
(そこだけが観てられなくなった理由ではないけど。)

何より、「伝説」という芝居から、
観ている私が、一気に置き去りにされた気がした。
そう言うと抽象的なんだけど、
それまでの流れから急旋回したために、
私を、それを面白いと思える場所に連れて行ってはくれなかった。
そして、ペピンの芝居はいつもそうだと、また思ってしまった。

前にも書いたけど、(以下参照)
http://inzou.seesaa.net/article/2419616.html
>面白くないという人が出てくることを覚悟しながら、
>面白いと言ってくれる人をお客にしてやっていく、
そういうお芝居なのだった。
今回は、半分だけは好きだったけれども。
このときめきをとめないでほしかったなあ。
posted by 鈴木厚人 at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 舞台レビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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