2006年05月07日

卑怯者(ひきょうもん)の孫

久し振りに、実家の家族と会って、食事をしました。
なぜか、話題が死んだおじいちゃんの話になり、
それが、とても面白かったので、
ブログに書いときたいと思います。
まあ、うちのじいちゃんは、母方も父方も、
ずるかったという話なんですが。

まず、父方のじいちゃんが、
どうして、戦争に行って帰って来れたのかという話。

父方のじいちゃんは、小学校しか出てなくて、
普通は、一番に討ち死にするような歩兵になるべき人なんですが、
どうやら、嘘をついたらしいんですね。
実家が、当時の中央大学の裏で、
大学生をよく見ていた、だから、大学生のことがわかってた。
そして、自分は大学を出ていて、計算なんかが得意だと。
それで、軍隊の兵糧部(食料係)になったらしいのです。
計算が得意で食料係です。実際がどうだったかはわからないけど、
なんか、最後まで、なんとか食っていけそうなポジションです。
すごい嘘をついたと思います。

もちろん、ずるがしこさだけで、生き延びれたとは思わないし、
運もよかったんだろうけど、したたかな人だったんですね。

母方のじいちゃんは、もっとずるい人で、
そもそも戦争に行っていません。
なんでも、兵役検査の時に、
兵士不適格の烙印が押されたかららしいのですが、
すごく健康的で体格もよかった人なので、
普通に考えたら、不適格になるはずがないらしいのです。
多分、役人に袖の下を通したのではないかと、母は言います。

ずるして、戦争に行かなかったことに対して、
多少の後ろめたさがあったことを裏付けるエピソードもあります。
戦後、道端に傷痍軍人(戦争で脚や腕がなくなった人)を見る度に、
必ず、お金をあげていたそうです。
おばあちゃんが、あの人達は、国から年金をもらってるんだから、
お金を恵む必要はないと言っても、必ずお金をあげていたそうです。
自分の身代わりに死んだ人、傷ついた人を、
さすがに見てみない振りはできなかったんでしょう。

考えてみれば、人類史の中で、たくさんの戦争があり、
そのいくつもの戦争の中で、生き残ってきたのは、
きっと卑怯者たちなのだと思います。
卑怯がいいとは思いません。
ただ、守りたい物や者を守る時に、
本当にピュアな人たちを楯にしながら、
多少のズルをしてきたのが、
僕らの祖先だったのではないかと思うのです。

そして、そうまでして、僕らの祖先が守ろうとしたものは、
なんだったのだろうか?自分?家族?財産?
ちょっとそんなことを考えました。
posted by 鈴木厚人 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき手帖 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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